ついに発見!?古代ローマ時代の剣闘士養成所跡とその歴史について



古代ローマの時代、闘技場で剣の腕を競い合い、民衆の人気を集めた剣闘士と言われる人々がいました。

今もローマに残る闘技場の遺跡コロッセオや、リドリー・スコットの映画『グラディエーター』でも有名ですね。

2011年、オーストリアのウィーン郊外に古代ローマ時代の剣闘士養成所の跡が発見され、その研究の結果、当時の様子が分かってきました。




■追悼式典から始まった剣闘技大会

剣闘士はラテン語でグラディアトル(Gladiator)、英語の発音でグラディエーターとも呼ばれます。

名前の由来は、剣闘士たちがローマ軍団の主要な武器であったグラディウスという剣を用いていたことに由来します。

剣闘士の起源については不明な点が多くその発祥は知られていませんが、明確な記録として残されている最古の剣闘試合は紀元前264年に行われています。

これは葬儀に伴う追悼試合として行われたもので、初期の剣闘試合は追悼試合(ムヌース)として行われることが多かったようです。

やがて剣闘試合は世俗的な見せ物として人気を博し、その人気に注目した政治家が政治宣伝を行うために利用するようになります。

ユリウス・カエサルも剣闘試合を自身のプロパガンダの場として活用、1000人単位の大規模な剣闘試合を開催したり、人工池に軍船を浮かべて模擬海戦を行い、民衆の支持を集めました。

ローマの領土拡大に伴い、ローマ帝国は大量の異民族の戦争捕虜を獲得。剣闘試合において、その捕虜たちに民族風装備をさせて剣闘士とすることが流行しました。

紀元前200年頃から盛んに行われていた剣闘試合ですが、キリスト教の浸透に伴って徐々に衰退、西暦404年に西ローマ皇帝ホノリウスの命令で闘技場が閉鎖されました。

しかし地方での人気はなお根強く、681年に禁止令が発布され完全消滅するまで続いたそうです。




■特別扱いの奴隷だった剣闘士たち

剣闘士の多くは戦争捕虜など、市民階級に属しない奴隷から選ばれていました。日本語でグラディエーターを剣奴と呼ぶのもこの事に依ります。

剣闘士は奴隷の中でも特別に訓練された存在であり、貴族階級から重用されていたと考えられます。

見せ物の模擬戦には普通の奴隷が使われ、死傷することも多かったようですが、剣闘士は通常、死傷しないよう配慮されていたようです。

2011年、オーストリアのウィーン近郊で古代ローマ時代に建設された剣闘士養成学校(ラテン語でルードゥスと呼ばれます)の遺跡が発見されました。

かなり大規模な施設で、ローマのコロッセオ近くにあったものと同規模を誇る施設だと考えられています。

このルードゥスは、四方を高い壁に囲まれた砦のような構造の現代で言えば刑務所のような施設でした。施設には外に通じる門は1つしかありません。

剣闘士はこの施設の中にある訓練所で、休みなく訓練を行っていたようです。

剣闘士には3平方メートル程の狭い部屋が与えられていました。この部屋を1人か2人で使用していました。

施設の中には木製の訓練用と思われるダミー人形などが確認され、また、小型の闘技場や動物を飼育していたと考えられるエリアが併設されていました。

トルコのエフェソスで発掘された剣闘士の遺骨を分析した結果、彼らはほとんど野菜だけを食べる生活をしていたことが判明したそうです。

研究者たちは、剣闘士の実態についてまだまだ研究の余地があると考えているようです。




■おわりに

実在した剣闘士は映画の『グラディエーター』とはだいぶ印象が違うようですね。
 

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