どういうこと?「崖の上のポニョ」は「ゲド戦記」への返事らしい



2008年に放映された「崖の上のポニョ」と 2006年に放映された「ゲド戦記」は監督も違えば、話のエピソードも全く異なるジブリ作品です。

しかし、実は「崖の上のポニョ」には「ゲド戦記」に対するメッセージが、込められているといわれています。

今回は、そんな二つの作品から発せられているメッセージをご紹介します。




■父へのメッセージを込められた「ゲド戦記」

「ゲド戦記」の監督は、宮崎駿監督の息子である宮崎吾朗さんが監督を務められました。

そのため「ゲド戦記」には、父である宮崎駿監督に対する息子からのメッセージが込められているといわれています。

作中では主人公アレンは、父親を殺し逃走するところから話が始まります。

このストーリー展開自体が、父親である宮崎駿監督を越えようとする宮崎吾朗監督の意思が込められているとも考えられています。

共産党員から映画監督になった父に対して、長年、募らせていた息子としての複雑な思いを描いた作品ともいえます。

そのため、ジブリ作品の多くの作品には親子の絆が描かれていますが、「ゲド戦記」では、あまり親子の絆に触れることはありません。




■息子へのメッセージを込められた「崖の上のポニョ」

「ゲド戦記」の二年後に放映された「崖の上のポニョ」では、宮崎吾朗監督に対して宮崎駿監督からのメッセージが込められているといわれています。

「崖の上のポニョ」には二人の父親が登場します。

・不器用ながらも娘を心配するポニョの父親
・仕事で家にいない宗助の父親

このどちらの父親像も、宮崎駿監督が考える自分の父親像なのではないでしょうか。

不器用に子供である宮崎吾朗監督を見守っており、見守る方法は様々であるということを「崖の上のポニョ」を通して伝えたかったのではないかとも考えられます。




■おわりに

スタジオジブリを代表する作品、「ゲド戦記」「崖の上のポニョ」ですが、監督同士の隠れたメッセージ性を意識してみると、また別の作品であるように見えてきます。

どちらかの映画だけを見るのではなく、両者を合わせて見てみてください!
 

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