12/25はイエス・キリストの誕生日じゃない?欧米由来の4つのお祭りのトリビア



私たちが祝うお祭りの中には、欧米から輸入された宗教儀式や習慣も数多く含まれています。

クリスマスやバレンタインデー、最近はハロウィンもすっかり定着した感がありますね。

でも皆さん、これらのお祭りが本当はどんな意味を持っているかご存じでしょうか?

今回は、日本でも祝われることの多い欧米由来のお祭りについて、あまり知られていないトリビアを紹介しましょう。




■クリスマス(12月25日)

12月25日はクリスマス。クリスマスがキリスト教の教祖である、イエス・キリストの生誕を祝うお祭り、ということは誰でも知っている常識ですよね。

ところが、近年の研究によると12月25日はキリストの生まれた日ではない、という説が有力になっているという話、皆さんはご存知でしたか?

イエス・キリストの生涯と、語った言葉をまとめた聖典『新約聖書』には、実はイエスの誕生日を示す、明確な記述はありません。

1993年、新約聖書の文中における天文に関する記述を分析したイギリスの天文学者ヒューズが、イエス・キリストの誕生日を紀元前7年9月15日であると発表し、当時話題となりました。

もともと、イエスの誕生日を10月1日、もしくは10月2日とする説があった他、聖書の中にある『羊飼いがイエスの誕生を祝った後、夜中の見張りに戻った』という記述があることから、

イエスが生まれたのは羊飼いが羊を放牧する4月から9月の間であるとする説も有力視されています。

『西暦』はイエスの誕生年から始まったと言うのが定説ですが、実は生年に関しても紀元前8年から西暦6年までと、諸説存在し、実際にイエスがいつ生まれたのか、定説と言えるものは今のところ存在していません。


■バレンタインデー(2月14日)

クリスマスはもともと、ローマ帝国で信奉されていた農耕神サトゥルヌスを祀る祝祭であったとする説が存在します。

キリスト教がヨーロッパ全域に広まり定着したのは、ローマ帝国が国教としたことが最大の理由ですが、そのため、現在のキリスト教には国教化する以前のローマ帝国での祝祭や習慣の影響を強く受けている点が多く見られます。

クリスマスと並んで、ローマ帝国の影響を受けたキリスト教の祭の代表的な例がバレンタインデーです。

バレンタインデーは、現代ではキリスト教の聖人、聖ヴァレンティヌスに由来するお祭りであると説明されることが多いですが、その起源はキリスト教が国教化する以前の、ローマ帝国のお祭りにあることが分かっています。

バレンタインデーの元になったのは、ローマ帝国で2月15日に行われていた「ルペルカリア」というお祭りでした。

これは男が裸になって、革製の鞭で未婚女性を叩いてまわるという、大変淫らな乱痴気騒ぎのようなお祭りだったそうです。

国教化された後、キリスト教会はこの淫らな祭を止めさせようとしたようですが、ローマ市民からの人気は高く、実に5世紀に至るまで続きました。

結局、教会もこの習慣を止めさせることを断念し、聖ヴァレンティヌスの伝説に結びつけ、現在のバレンタインデーの原型を作り上げたのでした。




■ハロウィン(10月31日)

バレンタインデーの例に見られるように、ローマからヨーロッパに広まっていく過程で、キリスト教は多くの土着の神々や習慣を取り込んでいきました。

土着の信仰の対象であった神々の多くは唯一神を信仰するキリスト教にとっては邪悪な存在であり、悪魔としてその地位を追われました。

しかし、いかに土着の神の地位を奪っても、土地に根付いた風習のすべてを取り払うことはキリスト教会にも不可能で、形を変えたキリスト教の習慣や祝祭として残されたものもあります。

その代表的な例が『ハロウィン』です。

もともとは古代ケルト人たちにとっての収穫祭であり、悪霊を祓う行事であったハロウィンは、キリスト教会からすれば望ましくないものでしたが、

土着の祝祭のすべてを除くことは出来ないと考えた教会は、もともと5月に行われていたキリスト教の祝祭『諸聖人の日(万聖節)』を11月1日に改め、その前夜祭として『ハロウィン』の存在を認めました。

現代においても、ハロウィンは正式なキリスト教の祝祭としては認められておらず、特にヨーロッパではハロウィンを邪悪な習慣と考えて否定する人が少なくありません。

そのような理由もあって、ハロウィンはヨーロッパよりもアメリカで、より積極的に受け入れられていったと考えられます。


■母の日(5月第2日曜日)

『母の日』は、世界各国でそれぞれ起源を持つ祝日として祝われていますが、現在の日本の『母の日』は、アメリカの記念日に倣って行われています。

南北戦争終結直後の1870年、女性運動家であったジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを戦争に送ることを拒否するため「母の日宣言」(Mother’s Day Proclamation)を発し活動を起こしましたが、彼女の願いも虚しく、その活動は普及するには至りませんでした。

ジャービスの娘アンナは、母の死の2年後、1907年5月12日に母親を偲んで集会を開催し、墓前に白いカーネーションを捧げました。

このアンナの思いに共感した人々が、翌年の5月10日、母親に感謝を捧げる会を催し、この日を「母の日」としました。

「母の日」の習慣はその後アメリカ全土に広まり、1914年、アメリカの公式の記念日として毎年5月の第2日曜日に行われることになりました。

ただ、『母の日』誕生のきっかけを作ったアンナ本人は、次第に商業化される『母の日』を死ぬまで拒否し続けたということです。




■おわりに

知っているようで、意外に知らないことも多いんですね。

せっかくお祝いをするのですから、その由来についてもきちんと知っておきたいものです。
 

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