スポンサーが悪役と勘違い?エヴァンゲリオン「初号機」のトリビアを調べてみた



今では個性的なデザインとして一定の評価を得ている主人公が乗る初号機ですが、作品自体が世に初めて登場した際には、色々とキワモノ的な存在でした。

そんな初号機のトリビアを2つ紹介しますね。




■デザインが凶悪

新世紀エヴァンゲリオンが初めて企画として形を整いつつあった頃、エヴァのプロデューサーである大月俊倫さんは、作品をアニメ化するために、スポンサーの確保に必死でした。

そこで、主人公が搭乗する初号機のデザイン画を持って、日夜企業側へのプレゼンを重ねていたのですが、そこで返ってくる企業側反応は、今では考えられないものでした。

なんと、スポンサーの候補者たちは皆、初号機が悪役だと思ってたそうです。

「もの凄くイイネ、何話で倒されるの?」
「敵としては凄くカッコイイ!」

大月さんが、「実は、これは主役が乗るんです……」と説明すると、皆一斉に顔をしかめたそうです。主役機としては、当時の感覚では初号機は、余りにも凶悪すぎたようですね。

実際物語の後半で、エヴァの同型機が初号機の敵として立ちはだかりますので、スポンサー候補者たちの指摘は遠からずとも当たっていたことにはなるのですが。

ちなみに、エヴァが大当たりしたせいで、以降のロボットアニメは味方らしくないデザインの作品が増え、「これが主役?」と思えるようなデザインばかりに一時期なってしまいます。





■損壊シーンが多いのは監督の父親のせい?

エヴァンゲリオンという作品では、主人公の機体である初号機が、『痛み』を伴う場面が、過剰とも思えるほど演出されています。特に、腕が負傷したり喪失したりする場面はロボットアニメとしては異常に多くなっています。

これは別にエヴァを作った庵野監督が残虐趣味だったわけではありません。実は、庵野監督にとっては、腕の損壊ごとは日常だったからです。

庵野監督の父親は、工場の技師をやっていたそうですが、監督が生まれる前に事故によって片腕を失ってしまったそうで、腕のない父親と接してきた監督にとっては、『痛み』を表現する上で腕の損壊は、何ら抵抗のない描写だったのかもしれません。

これらの場面はいずれも『残虐』だとの批判が放送当時は多く寄せられてしまった側面もあります。

ですが、エヴァの記録的な大ヒットと作品自体を完結できない苦しみに苛まれた庵野監督によって、エヴァの『残虐』な場面は劇場版において、さらに過激になって行くことになります。




■おわりに

エヴァのヒットは、多くのロボットアニメに大きな誤解を与えてしまいました。それはデザインが悪くても売れるという印象です。

これはロボットアニメ全体に蔓延してしまい、90年代の後半は不思議なデザインのロボットアニメが多く作られることとなり、プラモの不遇時代を生んでしまいました。

エヴァの影の影響だったわけです。

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