キングダムの登場人物「信」と「政」の関係を歴史に照らし合わせてみた



アニメ「キングダム」の主人公の信は、大将軍になることを夢見る貧しい農村の少年で、

ある事件をきっかけに秦国・第31代目の王である政と共に乱世に身を投じることになり、やがて天下統一を目指す立身出世の物語です。

この信は、後の秦国の李信将軍であり、少年王である政も、後の秦国の始皇帝だったりします。

李信将軍を知る人は、日本では少ないかもしれませんが、秦の始皇帝ならば、誰でも名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。歴史の教科書にも出てきます。

「始皇帝って名前は知っているけど何した人?」と言う人も多いと思います。

そこで李信将軍と始皇帝についてご紹介したいと思います。




■李信将軍

李信は、若くして将軍になった秦始皇帝時代の実在の人物です。

李信にまつわる有名な話としては、秦の政王が楚を攻略するにはどれくらいの兵力が必要かと諸将に尋ねると、

名将・王翦が「60万の兵が必要」と答えたのに対し、李信と蒙恬が「20万で十分」と答え、李信が「王翦将軍も老いた」と言い、20万の兵を率いて楚討伐に向かいます。

李信は蒙恬と共に楚の大群を破りますが、西へ敗走する楚軍を追い深追いしすぎて奇襲に遭って大敗してしまいます。

政王は怒り、王翦に謝罪して60万の兵を与え、王翦は見事、楚を滅ぼします。

ここまで読んで「あれ?李信ってあんまり良い将軍じゃなくない?」と思ってしまいますよね?

しかし恐れを知らず僅かな手勢で勇猛果敢に攻め入った事は王にも認められ、敗退したもののその後も政王に召し抱えられて、秦国で武勲を上げて天下統一に力を注ぎます。

目立った功績や武勇伝が無い為、日本であまり有名にはなっていませんが、「六虎将軍」の1人として、その勇壮さを讃えられている将軍です。

「キングダム」の少年時代の信を見ていると、上記の逸話も「彼らしいな」と思わされてしまいませんか?

ちなみに唐時代の「詩仙」と呼ばれた偉大なる詩人・李白をご存知ですか?「馬耳東風」等の言葉で日本でも知られていますが、この李白は、李信将軍の子孫だそうです。




■秦始皇帝

500年以上続いた戦乱の世で、中国統一を成し遂げた秦の政王。自らを「始皇帝」と名乗ったのです。

「始皇帝」ですよ?「始めの皇帝」ですよ?それまで国を治める者は「王」と呼ばれていました。

政王もそれまで王と呼ばれていました。それが自ら「始皇帝」と名乗るなんて、かなりの自信家ですよね。

始皇帝というと「暴君」のイメージが強いですが、その治世は古い物にこだわらない斬新なものだったようで、名君だったのでは?という意見も最近では言われるようになったようです。

たとえば中国統一して秦という大きな国家になりましたが、それまでの独立国家制を廃し、国を36の郡に分け、

さらに県・郷など行政単位が細かく分けられた郡県制を施行したり、人材登用はそれまでの「家柄」を重視したものではなく、あくまでも「能力」を基準に採用するなどされました。

道路や運河などの整備も行われ、漢字の書体の統一(誰でも読めるよう文字を一本化した)や通貨の統一など、様々な改革が行われています。

古い慣例を破り、強引に新しい改革を進め、そのために手段を選ばない所もあったため「暴君」と言われたのかもしれないですね。

「キングダム」の政を見ていると、これもまた「彼らしい」と思ってしまうような話です。




今はまだそれほどの力の無い少年二人・信と政が、将来どんな人物になるのか?

実在の人物の史実を知る事で、「キングダム」のキャラクターの魅力が増してくると思いませんか?

興味を持たれた方は、ぜひもっとくわしく調べてみてくださいね。

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