地獄の広さと悪魔の身長も調べていた?ガリレオ・ガリレイの功績と秘密!



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ガリレオ・ガリレイ。

天文学や物理学に多大な功績を残し、科学的手法の開拓者としてその名を今も轟かしています。




■天文学の父 ガリレオ

ガリレオ・ガリレイは、16世紀~17世紀にかけて活動したイタリアの物理学者にして天文学者です。

当初、ガリレオは医者を志していました。

1581年、17歳で医者となるためにピサ大学に入学しましたが中退してしまいます。原因は、外科手術のグロさに耐えることができなかった為とされています。

一方で、大学入学の翌年から宮廷付きの数学者オスティリオ・リッチから数学を学び、1589年にピサ大学の教授に就任、1592年にはパドヴァ大学で教授の職を得ます。

彼の学問上の業績の多くは、この時期に残されています。

物理学者としては、振り子が同じ長さの場合、揺れの大小に関わらず往復に要する時間は同じという『振り子の等時性』を発見。

一説には、ピサの大聖堂にあったシャンデリアが揺れるのを見ていて思いついたとされていますが、これは後世に作られた架空の逸話である可能性が高いとされています。

また、自由落下する物体の落下速度はその質量に依存しないという、『落下の法則』を発見したことでも有名ですね。

天文学者としては、望遠鏡を初めて天体観測に用いたことで知られています。

ガリレオの時代すでに望遠鏡は存在していましたが、望遠鏡を空に向け天体の観測に用いたのは彼が最初でした。

ガリレオは、天体観測によって木星の衛星を発見。また、金星が満ち欠けに際し見た目の大きさを変えることを発見したのもガリレオでした。

この発見は後に彼を地動説支持に導きますが、以前より宗教に対する批判的言動もあって異端審問にかけられ、自分の発言を撤回しています。

彼が『それでも地球は回っている』という言葉を残したというのは、有名な逸話ですね。




■日曜大工のバイトをしていた?

科学の発展に貢献する偉大な業績の数々を残したガリレオ・ガリレイですが、ちょっと意外な、あるいは非常に人間的なエピソードも残っています。

そんなガリレオにまつわるトリビアをいくつか紹介しましょう。


<地獄の広さと悪魔の身長を講義?>
科学者として有名なガリレオですが、フィレンツェの美術アカデミーで講義を行ったことがあります。

その時の講義のタイトルは「ダンテの『地獄』の場所と形と大きさについて』というものです。

ダンテは13世紀のイタリアの詩人で、その代表作である『神曲』は地獄・煉獄・天国を巡るというものでした。

ガリレオの講義はこのダンテの『神曲』に基づくもので、彼は講義の中で悪魔ルシファーの身長を約2000ブラッチョ(約1200メートル)と結論づけています。


<実は発明家だった?>
ガリレオには発明家という一面もありました。

父親の死後、相続した借金を返済するため、ガリレオは大砲の照準合わせに用いるコンパスを考案しています。

実現に至らなかった発明も多かったといい、その中にはトマトの収穫機や、ナイフやフォークとしても使える折りたたみの櫛(今でいうところのアーミーナイフ?)などがありました。

晩年、彼は自分の発見した振り子の等時性に基づき振り子時計を考案していますが、これも現実に作られることはありませんでした。


<修道院の奉仕で日曜大工をしていた?>
ガリレオは生涯結婚しませんでしたが、婚外子として数人の娘を残しています。

娘たちは一生を修道院で過ごしたそうですが、彼女たちの借金支払いの為にガリレオは修道院の窓の修繕や時計の修理などを行っていたそうです。


地動説を支持したことが罪として問われ、異端審問で有罪となったガリレオ・ガリレイですが、1992年、バチカンは4世紀を経てその告発を取り消し、彼の名誉回復を図りました。

ガリレオ・ガリレイの残した偉大な業績の数々は、今後も失われることはないでしょう。




■おわりに

あの有名なピサの斜塔での実験の話も、実は後世の創作だったという説が現在では有力なんだそうです。

偉大過ぎるというのも、実像が歪められて大変なことなんですね
 

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