【閲覧注意】それは本人からのサイン?失踪事件に絡む怪電話・怪文書



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家族や恋人、友人がある日突然失踪する・・・いつ、誰に起こっても不思議なことではありません。

その失踪した人物からと思われる謎のメッセージが届いたら、あなただったらどのように感じるでしょうか?

今なお解決していない失踪事件に絡む、怪文書や怪電話の話を紹介します。




■詫び状を残して消息を断った少年

昭和44年2月、長崎県佐世保市に住んでいた中学生、庄山仁君(当時14歳)が、家族に『町に行く』と言い残して家を出たまま行方知れずとなりました。

家を出た時、仁君は学校の制服に制帽を身につけていました。

その日の夕方、仁君の家族とは面識のないクリーニング店の店員が訪れ、「中学生に現金46万円をポケットに入れたジャンパーをひったくられた」と言い、持っていた制帽を家族に手渡しました。制帽は仁君のものでした。

その翌日、仁君の父親宛てに仁君が書いたと思われる手紙が届きます。その文面は以下の通りです。

——————————
前略
心配かけてすみません。
悪い友達にさそわれて、人のお金をとりました。
中には四十万以上も入っていましたが、僕は少ししかもらっていません。
学校の方は、僕の気持ちがおさまるまで、病欠にしていてください。
すぐに帰っておわびいたします。
どうかさがさないで下さい。仁
——————————

仁君の制帽を届けた男は4ヶ月前に少年刑務所を出たばかりで、46万円という大金を所持しているというのは不自然なこと、

ジャンパーのポケットの現金に仁君たちが気づくとは思えないこと、

手紙の文面に仁君が使わない『前略』という言葉がある他、自分の名前を書き間違えているなど、不自然な点が多々見受けられ、警察はこの店員を重要参考人として捜査を進めました。

しかし、この店員が仁君の失踪に直接関わったことを示す証拠は発見できず、結局捜査は行き詰まってしまいました。

現在も、仁君の行方はわかっていません。


■漁船の上から失踪、1年後にかかってきた謎の無言電話

1989年2月、鹿児島県沖で漁船『大昭丸』に乗って一人で操業していた漁師の日高満男さん(当時30歳)が、日没後も帰港しませんでした。

仲間の漁船や通報を受けた海上保安庁の巡視船が、大昭丸が操業していた海域を捜索した結果、翌日に無人のまま漂流しているのが発見されました。

船は燃料切れの状態でしたが操業していた痕跡が残っており、日高さんがどうしていなくなったのかは全く不明でした。

日高さんの失踪から1年ほど後、日高さんの実家に謎の無言電話がかかってくるようになりました。

無言電話は毎日夜12時頃、1ヶ月程の間続いたと言うことです。

呼びかけに対しても無言のままでしたが、人間の音声の代わりに、モールス信号のような音が聞こえたそうです。

その後も日高さんの行方はわかっていません。

なお、日高さんは特定失踪者問題調査会によって、北朝鮮の拉致の可能性のある特定失踪者に指定されています。




■妹にかかってきた不気味な電話

1994年2月、福島県在住だった当時21歳の女性、増山ひとみさんが職場を退社後に失踪。

ひとみさんは3週間後に結婚式を控えており、失踪する理由は考えられない状況にありました。

一方で、ひとみさんの婚約が決まってから彼女の自宅に無言電話がかかってくるようになり、行方不明になった当日も、職場に女の声の不審電話があったといいます。

ひとみさんの婚約者には元愛人がおり、職場にかかってきた不審電話もこの元愛人からのものであったと考えられていますが、詳細は不明のままです。

ひとみさんの失踪から1年後、彼女の実家に女の声で不審な電話がかかってきました。この時のやりとりは録音されており、後にその音声がテレビ番組で公開されています。



電話に出たひとみさんの妹に、電話の主は『お姉ちゃん』と名乗り、名を問われると『ひとみです』と答え電話を切ってしまいました。

果たしてこの不気味な電話は一体何を意味しているのでしょうか。ひとみさんの消息はいまだ不明です。





■おわりに

失踪した人たちが一日でも早く、家族の元へ帰れることを祈って止みません。
 

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