まさに奇怪!?有名な心霊スポットからかかってきた、謎の119番通報



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無言電話を怖いと感じる人は少なくないと思います。まして、その無言電話が有名な心霊スポットからかかってきたと知ったら・・・。

青森県で、誰もいない筈の別荘から119番通報が入るという、奇怪な事件が起こりました。

しかも、その別荘がある場所というのが・・・。




■無人の別荘からの謎の119番通報

その奇怪な119番通報があったのは2014年5月17日の午前0時すぎのことです。

対応に出た消防署職員が通報内容を確認しようとしましたが、通信状態が極めて悪く、音声が聞こえなかったそうです。

電話の主は何も言わず、程なく切れてしまいました。しかし相手の電話番号の情報は残っており、その情報から別荘地にある固定電話の番号であることが判明しました。

現状を確認するため、消防署員ら10人が通報のあった別荘地へ向かい、40分ほどで問題の電話がある別荘に到着。

しかし家の中にも外にも人影はなく、誰がどうしてその別荘の中から119番通報してきたのか、結局わかりませんでした。

消防署員たちはこの奇怪な通報に困惑。それと言うのも、この別荘地は1902年に起こった、ある有名な事件の現場ともなった場所でもあったからです。

その事件とは・・・八甲田山雪中行軍遭難事件です。


■小説や映画にもなった遭難事件

日清戦争後、満州へと進出してきたロシアとの緊張が高まる中、日本軍はロシアを仮想敵国とし、極寒の地での戦闘を行うためのノウハウを構築する必要に迫られていました。

そこで企画されたのが、日本でも有数の豪雪地帯として知られる八甲田山系での雪中行軍訓練でした。

この雪中行軍訓練に参加したのは、青森歩兵第5連隊と、弘前歩兵第31連隊、2つの歩兵連隊でした。

弘前31連隊が精鋭37名のみの小規模編成で訓練に臨んだのに対し、青森5連隊は橇14台を含む210名の大部隊でした。

地元民の案内を付けていた弘前31連隊とは異なり、独自の判断で行動していた青森5連隊はおりからの暴風雪に巻き込まれ、道を見失って遭難してしまいます。

橇などの重装備も祟って、吹雪の中で立ち往生した青森5連隊は生存者わずかに11名、実に199人の犠牲を出してしまうという大惨事に見舞われたのでした。

なぜ青森5連隊は遭難したのか、それには指揮系統の混乱などいくつもの原因が上げられています。

この事件は近代登山史における世界最大級の遭難事故として知られ、国内でも作家の新田次郎が『八甲田山 死の彷徨』として小説化、その小説を原作とした映画『八甲田山』が制作されて、現代でもその名を知られています。

現場となった八甲田山周辺は、いまでもこの時遭難した雪中行軍隊の兵士の幽霊が現れた・・・という目撃談に事欠かない心霊スポットとなっているそうです。




■風のいたずらでかかってきた119番通報?

謎の119番通報から1ヶ月程経過した6月17日、NTT東日本青森支局は取材に対し、この通報が『風によって起こった偶然の産物』であったという見解を示しました。

事件後、問題の別荘の電話回線を調査していたNTT東日本は、この別荘につながっていた電話線の一部が切断しかかっていたのを発見。

当日の夜は風が吹いていたため、風にあおられた電話線が揺れ、切断しかかっていた部位が繋がったり離れたりを繰り返して”偶然”119番に電話がかかってしまったと考えられるそうです。





■おわりに

ちなみに、電話番号『119』が緊急通報用の番号として採用されたのは、八甲田山の事件の後、約25年後の1927年(昭和2年)になってからのことです。

どうやら少なくとも、遭難した雪中行軍隊の兵士の幽霊が『119』に電話をかけてくる、という可能性は殆どなさそうです。
 

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