どうなる?第二期のストーリー!「PSYCHO-PASS」を考察してみた



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3月、アニメ『PSYCHO-PASS』の二期シリーズと映画製作が正式発表となりました。公開されたイラストには、力強い眼差しの常守朱。

一期を通した成長と活躍に期待したいところですね。

さて、そんな二期シリーズ。前作の黒幕であった槙島聖護は最終話にて射殺されております。

二期では高い確率で、シビュラ側が敵となるのではないでしょうか。




■シビュラ対管理された人々?

同じく最終話、朱はそのシビュラシステムに対し、いつか電源を切る者が現れる、と宣言しております。それが今期の彼女となるのか、あるいは他の誰かか。

シビュラシステムが作品内の社会を維持している以上、過酷な道程になりそうです。果たしてどんなストーリーになるのでしょうか。

一期にて、作中社会の矛盾や問題は複数の点が明らかになりました。二期でも同じ描写をすることは、まあ最低限に抑えるでしょう。ここで気になってくるのは作品のテーマです。

「正義が終わる、正義の連鎖は終わらない」という宣伝文は、ファン以外も目にしたことがあると思います。そしてこの一文、言ってしまえば功利主義的な社会の話ではないでしょうか。

実際シビュラ社会では犯罪係数の高い人間を隔離している事実があり、根本的な性質としては合致しているでしょう。そこも前作にて見えてきたシビュラの影です。

正義とは何か。これが作中にて大きな意味を占めているのではないでしょうか?

しかし人間の正義なんて曖昧なもの。誰かを救う一方、誰かが捨てられるのは現実でもよくある話ですね。




■正義に関する、PSYCHO-PASSの広告文

正義の意味や正体。ここで例にしたいのは、プラトンやパスカルなどの作中で槙島と泉宮寺が引用した人々です。

彼らは著作の中で、正義と神をイコールで結んでいます。これを『PSYCHO-PASS』に置き換えれば、神とはシビュラシステムのことになるでしょう。

ですが、シビュラの実態は免罪体質者の集合体。あくまでも人間です。パスカルなどに言わせれば、真性の正義を持たない存在なわけですね。

そんな人々が正義を管理し続ければどうなるか。十六、十七話で起こった事件のように、土台から崩れる可能性も否定できません。

朱音のような人間が現れて、システムの破壊を望むかもしれませんね。




■おわりに

一つの社会、文明が崩れれば、再構築されるのが道理です。そしてその際、正義を意味する存在も必要不可欠。

王や政府、シビュラシステムのように、代表者を立てる必然性に迫られます。

第二期にて、正義が終わり正義の連鎖は終わらないのか。はたまた別の終わり方、劇場版への繋がりがあるのか。

今から十月が楽しみですね。
 

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