乗組員全員が謎の失踪!航海史上最大の謎?メアリー・セレスト事件



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15世紀半ばに始まった大航海時代以降、数多の船が地球上の海を行き来し、人類社会の発展と拡大に役立って来ました。

そんな歴史の中には様々な海難事故も発生しています。

19世紀に発生した有名な『メアリーセレスト号事件』は今なお、航海史上最大の謎と言われています。




●無人のまま漂流していた『メアリーセレスト号』

『メアリーセレスト(Mary Celeste)号』は1861年に『アマゾン号』という名称で建造されたブリガンティンと呼ばれる2本マストの商船でした。建造途中、数々の事故が起きたとも伝えられていますが、その真偽は一切不明です。

1869年に船名を『メアリーセレスト号』に改称、1872年11月7日に積み荷の工業用アルコール1700樽を積んでニューヨークからイタリアに向けて出港しました。

船に乗り組んでいたのは、はベンジャミン・ブリッグズ船長とその妻と娘の他、7人の乗組員でした。

メアリーセレスト号から1週間遅れてニューヨークを出港したデイ・グラチア号のモアハウス船長が、12月7日に洋上を漂流しているメアリーセレスト号を発見します。

移乗したデイ・グラチア号の乗組員たちは、一部の航行用装置が破壊、もしくは喪失していた以外は船体にさしたる異常は認められないことを確認しています。

しかしブリッグズ船長とその家族を初め、10人の乗組員の姿は船の何処にもありませんでした。

この時、メアリーセレスト号の救命ボートは手付かずのまま残されており、食堂には作りかけた朝食が残されていたと言われています。

積み荷のアルコールは9樽が空になっていた他は無事でした。




●乗組員たちはどこに消えたのか?

残されていた救命ボート、そして作りかけの朝食・・・それらの情報が、このメアリーセレスト号事件に不気味さと神秘性を与える重要な要素となっていますが、実際にはそうした事実はなかったことが判明してます。

メアリーセレスト号は訴訟の対象として裁判で議論が重ねられ、その裁判の資料によってそのような事実はなかったことが証明されているのです。

一体船内で何が起きたのか?
そして、消息を断った10人の乗組員はどこへ消えたのか。

いくつかの仮説が存在します。


<海賊の襲撃説>
海賊に襲撃され、乗組員は逃げ出したか、捕虜となったという説。

ただし、船内からは不審な血痕が発見されているものの、海賊に襲われたことを示す破壊の痕跡は見つかっていません。また、積み荷や食糧が残されていることも説明がつきません。


<共謀説>
メアリーセレスト号を発見したデイ・グラチア号のモアハウス船長がブリッグズ船長が共謀して船を放棄したという説が疑われていますが、ブリッグズ船長に利益がないことから、この説も否定されています。


<積み荷のトラブルによる説>
最も有力な仮説と考えられているのは、積み荷のアルコールにトラブルが発生したという説です。

空になっていた9つの樽のアルコールが実は樽から漏れており、爆発事故等のトラブルによって乗組員が船を放棄したのではないかと考えられています。

ブリッグズ船長はアルコールの輸送に慣れていなかったことなど、傍証となる情報もあり、説得力がある仮説と言えるでしょう。


他にも、食糧が細菌に侵されており、乗組員全員が発狂して海に飛び込んだという説や、宇宙人による集団アブダクション説も存在しますが、いずれの推測の域を出ていません。

結局、船長を始めとした乗組員は一人も生還を果たしておらず、船で何が起きたのかを語れる人物は遂に現れませんでした。

メアリーセレスト号を襲った運命の真相は、今もなお、闇の中です。




■おわりに

一体、メアリーセレスト号の乗組員たちは何処に消えてしまったのでしょうね?

とても興味をそそられます。
 

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