子供ではなく大人が大絶賛!?クレヨンしんちゃんのとある映画とは?



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「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、最後にセル画で制作された劇場版であり、題材も古き良き時代と現実が戦うという意味深な設定が構築されて、クレヨンしんちゃんの中では異色の分類に該当する作品です。

今回は、そんな本作のトリビアを紹介します。




■出演者の逸話が新聞の題材になった

本作は、古き良き60年代を取り上げたこともあり、特に大人社会が挙って感情移入して盛んにメディア等で取り上げました。

それは大人である出演者たちも例外ではなく、特にひろし役の声優は『ひろしの回想』という劇中場面の収録で、テストの段階から涙が流れて止まらず、本番中もずっと号泣していたそうです。

そしてこの逸話は、後年になって朝日新聞が本作を取り上げた際に、ひろし役の声優の生い立ちを含めて1つの記事になっています。


■勝ち組だったから、野原一家は戻れた?

本作の公開は2001年で、リーマンショックが起こる遥か前の出来事です。そしてひろしの年収は600万円以上で、これは高給取りであると言えます。

以上の事柄から、ネットでは以下のような考察が飛び交っています。

「野原一家がオトナ帝国の洗脳から戻れたのは、ひろしが勝ち組で景気が良く、現実に希望が持てたから。現在だったら戻って来なかったのでは?」

というものです。

本作が公開されたのは10年以上も前ですが、その当時でさえ羨望の的になる時代となったという、時代の流れの速さを感じる事柄と言えます。




■唯一、ラスボスが力を持たない一般人

本シリーズの劇場版における敵役は、何かしらの力をもったイロモノキャラであることが多いのですが、本作だけは違います。

意図的とも言えるほどの没個性で、戦闘力も権力もなく、『郷愁』という概念のみでしんのすけを追い詰めた知能犯です。

本作の場合、しんのすけが立ち向かうのは自身が体験したことがない「60年代」ですので、ボスを倒してもしんのすけにとって物事が解決しないという、子どもアニメらしからぬ設定となっています。

本作では、ボスを倒すのではなく、諦めさせることで物語を終わらせています。


■やたら細かいバスチェイスシーン

物語の序盤、敵本拠地に突入する主人公たちがバスを運転する描写があります。

一見、派手なカーチェイスシーンに見落としがちですが、運転操作を主人公たち5人が分担して行う描写がとても細かく描かれています。

例えば、ギアチェンジの際にクラッチを踏まなければチェンジが出来なかったりなど、現実の操作機能を汲んだ流れになっているのです。

本編では、ハンドル、ブレーキ、ギア、クラッチ、アクセルの操作を5人が分担するという、細かい役割分担が描かれています。




■おわりに

本作は数々の賞や好評を受けていますが、それは見方を変えれば、劇中の大人帝国の洗脳に取り込まれているのかもしれません。事実、作り手たちは郷愁を全面肯定するのではなく、「過去から学び未来に活かす」をモットーに本作を作り上げたそうです。

かつて引退した上岡龍太郎氏は、現役時代「子供が昔を美化する内容の話を見たら、未来に希望が持てなくなる」と評したそうです。

このことを私たちは肝に命じなければならないかもしれませんね。

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