アニメ「ダイヤのA」と巨人軍伝説の名投手について調べてみた



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2013年10月より放送開始されたTVアニメ「ダイヤのA」は、廃校寸前の中学で仲間と共に野球部を率いていたピッチャー・沢村栄純が、野球名門校・青道高校からスカウトを受け、たくさんの部員の中からレギュラーの椅子を勝ち取るために、共に切磋琢磨していく青春野球アニメです。

天才捕手・御幸一也との出会いが、大きな転機となり沢村の運営を変えていく事となるのです。

簡単なあらすじはこのような物ですが、よく読んだらアレ?と思う箇所があると思います。

普通の野球アニメであれば、弱小チームが主人公の成長と共に強くなっていくという物語のはずです。

しかしこの作品では、主人公の沢村は、仲間よりも自分の出世を願っていたのです。かなり斬新ですよね。




沢村栄純という名前は、伝説の名投手・沢村栄治から取っているのではないかと思います。

沢村栄治がどんな選手だったかご紹介したいと思います。


■沢村栄治(さわむらえいじ)

1917年2月1日生まれ

京都商業学校の投手として、1933年春、1934年春・夏の高校野球全国大会(当時は中等野球)に出場。1試合23奪三振を記録する。

高校を中退して日米野球の全日本チームに参戦し、メジャーリーグ選抜チームを1失点9奪三振と抑えるなど、当時の投手の中でもずば抜けた才能を持っていました。

プロ野球チーム「大日本東京野球倶楽部(現在の読売巨人軍)」が結成され、1936年秋に史上初のノーヒットノーランを達成する。更に同年に2度目のノーヒットノーランも達成。

しかし1938年~1940年まで徴兵され、戦場で負傷しオーバースローからの速球が投げられなくなってしまいます。

その後サイドスローからの投球を身に着け、3度目のノーヒット・ノーランという偉業を達成しました。

その後不運にも3度にわたり徴兵され、屋久島沖西方にて戦死しました。享年27才。

戦死後の1947年7月9日、巨人軍は沢村の功績をたたえて背番号14を日本プロ野球史上初の永久欠番に指定し、また功績と栄誉を称えて「沢村栄治賞」(沢村賞)が設立されました。

また、1959年には野球殿堂入りとなりました。




偉大なる大投手の名前から取った沢村栄純。

作中でその事に触れられることは一切ありませんが、野球ファンであれば「あれ?」と気付く名前です。

沢村には同居の祖父が居るので、祖父が沢村栄治にあやかった名前を付けたのでは?とも考えられます。

沢村栄治の口癖で「わしは、まっつぐ(まっすぐ)が好きや」と言っていたとあり、アニメ第6話で、沢村が「真っ向勝負」にこだわり続けたエピソードが、沢村栄治のこの口癖に被るような気がしました。




果たして沢村栄純は、偉大なる投手になれるのか?これからの展開を楽しみにしたいと思います。

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